この建物は内部にある石仏龕を拝むための礼堂(らいどう)として建立されました。近世には灌頂堂とも呼ばれていました。 正面の間口を広縁にし、蔀戸(しとみど)を用いています。軒まわりは垂木を用いず厚板で軒を支えています。 また、棟、軒および床が低く、仏堂というよりは中世の住宅をしのばせる要素が随所に見られます。 柱間の上にある蟇股(かえるまた)は垢抜けした優美な形状をしています。